何を語るかよりどう語るかだ

この言葉、ZDFのドキュメンタリーとしてNHKが放送していたときに見て衝撃を受けた言葉です…と言うより、あのドキュメンタリーの表現が印象に残り、この言葉も頭に残ってました。
この言葉は、ヒトラーが言った言葉として、ドイツのZDFではヒトラーに関するドキュメンタリー番組を作って放映していたものです。他にもいろんな言葉がありましたが、ワシの今の仕事に直結するのはこの言葉かな・・・と。
番組の中では、当時熱狂していた人たちが「その場では興奮したが、後日新聞に載った演説を見るとどうって事は無かった」と証言していた。ワシの立ち仕事も、早い話が人の前にたって話しをする。しかも、内容はテキストとして存在しているわけで…内容はどうって事の無いもの。しかし、皆同じことを話しているのに評価が違う。しかも、自分も毎回同じことを語りはするが、一度として同じ表現をすることは無い…毎回問題点を自分の中で洗い出して、次に備えている…。ようするに、何を語るかはすでに決まっているので、本当に「どう語る」かが違うだけ。うむー、この言葉は重いなぁ。
確かにその通り。それをどう後輩に伝えていくか…どう同僚に伝えて意見を貰うか…。それから、未知のお客様に対して自分はどれだけのレパートリーがあるのか??いろいろ考えると先は長いが、方向性が見えてきた気がするのでその方向で試行錯誤をしてみよう。